誰でもわかるバッテリー入門

"エアコンプレッサというのは、確実と言って良いほどアフターメンテナンスをする必要があります。
なので出所のはっきりしない輸入コンプレッサーというのは、一度ダメになったらおしまいなのです。

 

そのことからしっかりしたアフターケアのあるコンプレッサーを選ぶ事というのが最も大切なことだと言えます。

 

大きい工場等におきましてはコンプレッサー自体にエアードライヤーが予め内蔵されているものを利用していたり、コンプレッサとは別置きのエアードライヤなどをつけたりもしています。

 

しかし一般的にはこのような高価なものの購入をするのは困難だと言えるので、多くはエアーフィルターと呼ばれるものでエアーの中の水を除去していくこととなります。

 

エアフィルタにはいろんなタイプが販売されていますが用途によって4000円くらいから購入をすることが出来ます。"



【工事/部品情報】エアコンプレッサの特徴と使い方ブログ:19/04/14

終戦直後、
ミーたち一家は、谷中の3軒長屋で暮らしていた。

詳しく言えば、
お母さんと姉貴とミーの3人で、
父は南方戦線からまだ戻っていなかった。

当時の朝食は、
どの家もたいてい芋粥だった。

お粥の部分は姉貴とミーが食べ、
お母さんはいつもサツマイモの部分を拾って食べていた。

まだ小さかったミーは、
お母さんはサツマイモが好きなのだと思っていた。

そして14時のご馳走は焼芋である。
外でチャンバラごっこをしていたミーは、
今まさに新撰組と切り結んでいる最中に、
「やきいもー」という焼芋屋の声がする。

そうなるともう新撰組もない。
ミーはあわてて家に駆け込み、
無駄でも「焼芋買ってくれ!」とお母さんに頼むのであった。

サツマイモばかり食べている日々なのに、
なんでまた焼芋かと言えば、
ミーたちが普段食べていたサツマイモは
「タイハク」とかいう水っぽいものなのだが、
焼芋屋の芋はホントに美味い「キントキ」だったのである。

そんなわけで、
姉貴とミーはたまに焼芋にありつけるのだが、
お母さんは決して焼芋を食べることはなかった。

いつも「焼芋は胸が焼ける」「今日は食欲不振」と言って、
焼芋にかぶりつくミーたちを見てただ笑っているだけであった。

しばらくすると、
お米もちゃんと配給になり、
食パンだって何時間も並べば買えるようになった。

やがて、父も南方戦線から帰って来て
ミーたちは長屋を引っ越し、サツマイモなど長屋時代の思い出は
遥か遠いものとなっていった。

姉貴とミーにお粥を食べさせようとして、
自分はサツマイモの部分を食べていたお母さん。

そのくせ、お金がないためか自分だけ焼芋を食べなかったお母さん。
お母さんは一体、サツマイモが好きだったのか嫌いだったのか…

今年の中秋の名月の日には、
お母さんの仏前に焼芋でも供えようかとミーは思う。